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ディスジャパ結成まで②

回顧録

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〜前回の続き

 

 

サークルに入ってから毎月のようにイベントが開催された。

いつの間にか松坂大輔は消えていた。

 

どんなサークルも同じだと思うけれど、新入生は最初は初めてのイベントに恐る恐る参加するので、その後サークルに誰が残っていくのかは読めないところがある。

今まで毎回参加していた人が大学内に他のグループを見つけてパタッと来なくなったり、時々しか来なかった人がいつの間にか主要メンバーになっていたりする。

 

僕には5歳上の姉がいて、年上の人と話すのは苦じゃなかったし、むしろ好きだったので、僕はすぐに部室に入り浸るようになり、1ヶ月後には先輩をないがしろにしてスマブラに熱中する程になっていた。

 

6月ごろに名古屋の大学との対抗戦のようなイベントがあった。基本的には運動部が参加するのだが、なぜか軽音楽サークルもその年から参加することになったらしい。そのライブは出演枠が決まっていて新入生は出られなかったので、ほとんどの新入生は見に来なかった。

 

僕はそんな感じで、もうここが自分の居場所だと舞い上がっていたので、1日目から1人で手伝いに参加して、もはや先輩にも君は友達が居ないんだねといじられていた。

 

大ホールの中1人で座ってライブを見ていると、後ろから新入生の集団がワイワイゾロゾロと階段を降りてきた。その先陣を切るリーダーが水元だった。

 

「きっとあいつが新入生の中心人物なんだ…」

友達も作らずに1人で来ているのが急に恥ずかしくなってバレないように顔を伏せた。

 

それからは普通に話すようになったけれど、水元のベースプレイは今ほど大人しくなく、真っ赤なジャガーベースを体の上の方で構えて、ダボダボのズボンでユラユラと弾いていたので相当怖かった。

正直、ディスジャパを結成するまで2人だけで話すことはほとんどと言っていいほどなく、未だに話が全然噛み合わない。仲が良い訳でも仲が悪いわけでもないけれど、たぶんお互いがお互い掴みどころがないと思っている。

 

そんな水元には意外にも求心力があり、2年後にサークルの世代交代で会長になった。

僕は自分が会長だと信じて疑いなく、会長と呼ばれた後に何を言おうか前日に考えていたくらいだったので水元が呼ばれた後も5分くらい信じていなかった。

あとで聞くとビックリしていたのは僕だけらしい。本当に掴みどころがない…。

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杉森さんと川村さんは2つ上の先輩で僕と水元が入った時には3年生だった。

2人とは僕がサークルに入ってすぐ下北沢の僕の部屋でしょっちゅう遊ぶようになっていて、朝までゲームをして次の日の講義は休む、みたいなダメな大学生の典型的な生活をしていた。

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一緒にコピーしたバンドもたぶん同学年より多いと思う。ユニコーンGang of fourZAZEN BOYSFUGAZIなどキリがない。

 

僕のいたサークルではオリジナル曲を演奏する場はなかったので、杉森さんは僕が入学した時にはすでにオリジナルのバンドを組んで、ライブハウスを借りてライブをしていた。

時々見に行っていたけれど、卒業の時期になってそのバンドは解散することになった。

 

その時、杉森さんがまたバンドを始めると言い始めて、ギターとして誘われた。

バンド名は…プロジェクトジャックナイフ(PJK)かディスイズジャパン(TIJ)。

満場一致でディスイズジャパンに決まった。

 

どうしてその時に杉森さんがディスイズジャパンと言ったのかはさっぱり分からない。ノンポリだし英語喋れないし愛国心も大してない。唯一言えるのはプロジェクトジャックナイフだけは嫌だったことだけ…

 

初ライブはとにかく無茶苦茶だった。やりたい事があり過ぎてズタズタな展開のうえギターは今の3倍くらい爆音。ウオーと叫んでジャンプ!最後は楽器を放り投げて終了。

 

でもよく考えるとサークルの時と何も変わってない。今も大して変わってない。

サークルでこの4人集まったらたぶんスピッツでもキリンジでも楽器放り投げている気がする。

 

 

おわり